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リハビリテーションについて、考えたことや思ったことを好き勝手に書いてます。

その人らしく生きるとは〜選択肢を作るリハビリテーション〜

食事に介入している利用者さんと関わっていると改めて思うことが、「選択肢があることは良いなぁ」ということだ。選択の自由とも言える。


人は生まれてきてから数えきれないほどの選択を迫られる。そして、そこでその人の価値観、その人の物差と照らし合わせて選択をしていく。


「これは自分にとって重要なもの」「これは自分にとって重要ではないもの」といった具合に選択、振り分けをしていく。


こういう過程を重ねていくことで「その人らしさ」というものが作られていくのではないかと考えている。


選択肢があるということは、「その人らしく生きる」ために必要なことだと思う。


今回の利用者さんは、食事を介助されると自分の食べたい順番とは関係なく口に入れられる。また、すべての食べ物を1つのお椀に入れられてぐちゃぐちゃになってしまう。


でも、この利用者さんは自分で食べ物を選んだり、自分で摂取する能力を持っている。
ヨーグルトが好きなようで、早い段階からヨーグルトを食べる。
なのに介助されるとヨーグルトは最後。


選択する余地を作るということは、リハビリテーションにおいて大切なことだと改めて学ばせてもらった。

動画を使った理学療法

食事に介入していた利用者さんは、やはりこちらの関わり方が影響するとわかりました。


ここから大切なことは、いかに生活に落とし込むか。


理学療法士が関われるのは、昼食の時の僅か数十分。なので、介護員さんたちと目標や方法を共有し、1日3回ある食事すべてにおいて落ち着いて自分で食べられるようにすることが大切です。


ただ、夜勤のある担当介護員さんとは、なかなか話すタイミングが合わなかったりする。


なので、僕が利用しているのは動画撮影。
動画を撮っておいて担当介護員さんに「こんな感じで食べられますよ!食事の介助外してみましょう!」と話せば良い。百聞は一見にしかず。介護員さんも判断しやすい。


動画を撮っておくと、介助方法も統一しやすい。
この調子で良くなってほしいなぁと思います。

リハビリテーションでまず最初にすべきこと

担当している利用者さん。
少しずつ施設に慣れてきたのか、今までやらなかった活動にも取り組んでくれている。


リハビリ中に介護員さんが冗談を言ってくると笑いながら対応している。冗談を言い返して笑って対応している。


笑うことが増えて嬉しくて、良い変化だなと思っていた。と、同時に何か違和感も感じていた。自然な笑いと言うよりは、何かハイになっている感じ。


先日、事件が起きた。
家族に現状説明をすることになっていたのだが、コロナの影響で本人とは会えない。だから、動画を撮影して動きの現状を見てもらうことにした。
本人とソーシャルワーカーと僕の3人で歩いて動画を撮っていた。


スタッフルームまで歩き、スタッフルームのガラス越しに花を眺めて笑っていた。良い笑顔にもう一人リハビリスタッフが近づいてきて話をしながら笑っていた。


スタッフルームの中からもスタッフが笑顔で手を振っていた。本人も笑いながら対応して話していた。
やはり、少しハイのような違和感を感じる。


そんなことを思っていた途端に、何故だか急に怒りだした。凄く怒って走って離れていく。


自分の席に戻り同じ席の利用者さんたちと話し始めて落ち着きを取り戻していた。


いったい何が起きたのか?



理由はわからなかったが、今のところの結論というか考察は次の通り。


笑ったり冗談を言ったりして対応することに、本人は凄いエネルギーを使っていたのではないか。
凄くプレッシャーを感じながら一生懸命笑ったり冗談を言っていたのではないか。


今までは僕と二人で歩いて、途中、介護員さんが一人くらい冗談を言ってくるだけだから頑張れた。
ところが、怒りだしたときは僕以外にソーシャルワーカー、リハビリスタッフ、スタッフルームのスタッフたち、多くの人の視線を一身に集めて物凄いプレッシャーとストレスに耐えられなくなったのではないか。だから、怒ってその場から逃げ出した。


一生懸命頑張ってた気持ちに気づけなくて申し訳なかった。ずっと頑張っていたんだね。


こういうことは病院でもあると思う。
リハビリを拒否したりする患者さんがいると、ついつい「頑張らないとダメですよ」とか「頑張って早く家に帰りましょう」と言ってしまう療法士は多いと思う。


でも、リハビリを拒否しても、多少歩く距離が短くても患者さんは頑張っている。
これからどうなるのかという不安と闘っていたり、家族は大丈夫かと心配したり、大部屋で他の患者さんに気を使ったり、病院スタッフにも気を使う。常に心から休むことができない環境で生活している。


患者さんも利用者さんも僕らが思っている以上に頑張っている。
僕らがまず、すべきこと。それはその頑張りに気づいてあげること。その頑張りを認めてあげることなんだと思う。

理学療法士、されど食事に介入

今日は利用者さんの食事に介入しました。


この利用者さんはニコニコしていることもあれば、突然怒りだして叩いたり引っ掻いたりするかたです。介護員さんたちが結構苦労しています。


食事は介護員さんが介助しています。食事を配膳されたとたん凄い勢いで取ろうとして、いつも食器は手の届かない所に置かれ、介護員さんに食べさせられる。でも何とか自分でも食器をとろうと体を前のめりにして手を伸ばし、姿勢は崩れるし届かなくて暴れるしで大変。


今回僕は食事に介入するのは2回目。理学療法士だが食事に介入するのは、この利用者さんは食事は自立するんじゃないかと思ったから。


先日、座位での運動を兼ねてテーブル拭きをしてもらった。そしたら、そのタオルを端と端を合わせて綺麗に畳んでくれた。
ひょっとして、手作業できるのでは?と思い塗り絵を渡してみた。すると、先日ブログに書いた通り集中してやってくれた。


線に合わせて色を塗り、色鉛筆の色も選んでいる。物を認識したり、選択したりする力はあるんだなぁと思った。


じゃあ、ご飯も自分でおかずを見て選択しながら食べられるのではないか?自分で選択して好きな順番に食べれば、イライラして怒らないのではないか?


先日一回目の食事介入は、食べ始めこそ悲惨だったが良い評価結果を得られた。
配膳して食器の蓋を開けようと食器を取った途端に、凄い勢いで取り返そうとして大暴れ。たくさん溢して、手で食べるし。


とりあえず、スプーンだけ持たせてあとは諦めて見守っていたら案の定、落ち着きを取り戻してきちんと食べ始めた。食べるものを自分で選び、食器も持って食べている。
今度はヨーグルトの蓋を開けるのに、容器を取ったけれど怒らない。


多分、この利用者さんは人に取られるっていう気持ちが強いのではないかと思う。塗り絵をしていた時も、隣の人に取られてしまい。次に塗り絵を渡したら、綺麗に畳んで色鉛筆と一緒にズボンのなかにしまっていた。だから、そういう不安を与えなければ食べ始めも落ち着いて食べるのではないか?


そこで今回二回目の介入は、食器の蓋を開けてから配膳してみる。
結果は大当たり。最初から最後まで落ち着いて食べた。最後には両手を合わせて「ごちそうさま。ありがとうございました。」と声をかけてくれた。


認知症の人の行動、BPSDは関わる人が誘発しているとも言われているようだが、まさに今回はその通りだった。


食事で改善が見られたから、トイレ動作や移乗動作の時など他の場面でも、スタッフの関わり方が変わっていくと良いと思う。

体が動けば心が動く 心の動かし方

「心が動けば体が動く」と以前、作業療法士が言っていた。その通りだと思う。自分も心に変化を出すことを大切にしている。


でも、心を動かす手段として体が動くようにすることも大切だと思う。理学療法士にできる大切な仕事だと思っている。


声をかけてもいつも心の扉を閉めてしまう利用者さんがいる。お風呂やトイレに誘っても断り、リハビリテーションも断り、作業活動も断り。


それでも最近、歩きがしっかりしてきた。自分でもそれを感じているようでとても喜んでいる。そして、前よりも歩く練習を断らなくなった。


さらに、最近はエプロンたたみを頑張っている。同じテーブルの利用者さんとたたんでいる。以前は一人だけエプロンたたみをせずにぼーっとしてたけど。


みんなにお礼を言われて嬉しそうにして、冗談を言って笑うようになってきた。


そして、たたみ終えたエプロンを片付けに行くことまでやってくれる。


心が動いたことで行動にも変化が生じ、活動量が増えてきた。ますます、歩行が良くなってきた。


体が動けば心は動く。

認知症と共にある人の観察力

認知症になると何もわからなくなるというのは、一般の人だけでなく医療や介護に携わる人でも思っていることのように思う。


実際に自分も今まで、適当に誤魔化してその場を凌ぐことをしてきた。


今、認知症の人と毎日関わらせてもらい、認知症の人が良く人を観察して見ていることを実感する。適当にあしらったり、心のない対応をすれば必ず行動に表れてくる。また、何も言わなくても「この人はこういう対応をする人だ」と認識している。


ある利用者さんが退所する前日に僕にこんなことを言っていた。

「あなたみたいにゆっくり話してくれると安心して、次に何をすればいいかわかるの。ここのひとは皆、急に動かすから怖いの。だから、あなたのことをずっと頼りにしてたの。」


この方は脳卒中の既往もあり話したり動作がとてもゆっくり。でも、本人のペースに合わせれば見守りから軽介助で車椅子に乗れる。でも、介護員さんたには凄い勢いで全介助。


他の利用者さんはずっと人を観察していて「あの人はあーだ、この人はあーだ」と良く話をし、それがまた的を得ている。
先日は主任のことを見ながら「あのおなごは大したもんだ。親方なのにこんな仕事もして。」と言っていた。
この利用者さんは「この人が主任」という事実は知らない。しかし、主任のことを見ながら、「この人がここの親方だな」ということを見極めていた。


そういえば、移動者勉強会で「認知症の人は言葉で理解できない分、人の表情や行動などあらゆる感覚を使って情報を得ようとしている」って言われた。
まさにその通りだった。


ちなみに、当たり前のことだけどわかるからきちんと接する、わからないから適当に接して良いとかって問題ではない。


明日もがんばろう☀

小さな幸せ

いつも怒って叩いたりするおばあちゃんが、今日はとても穏やかに良い表情で塗り絵をしていました。


家族もとても一生懸命で、家族に見せてあげたいこの姿。写真をパシャリと撮りました。


その写真を見た介護主任が「これ絶対家族喜ぶ!早速送ってあげよう」と郵送の準備を始めてくれた。


他の介護員さんも「こんなに良い表情するんだぁ」って喜んでくれた。


患者さんのちょっとした変化を喜んでくれる仲間に囲まれて仕事をしていることに、凄く幸せを感じた今日でした。


明日もがんばろう☀